ほんっとに、ごぶさたしました!
多忙を言い訳にしてはいけないですよね、はい。
この2か月間、いろんなことがありました。
プレゼンとか、そういう通常業務のことはさておき、
ぼく的にいちばんのトピックスを、ちょっと。
それは、「朝日広告賞」の審査員に選ばれたことでしょうか。
もちろん、たいへん名誉なことです。
ぼくの原点ともいえる、新聞広告の賞、というのがまたいいし。
でもね、今回のオファーには、特別な意味があるんですよ。
それは、眞木準さんの「後釜」だということ。
眞木さんのあとは、ぜひ岡田さんに・・・朝日の方から、そういわれました。
最高にうれしかった、ですね。
ああ、きっと眞木さんが導いてくれたんだ、とすなおに思えて。
ぼくの中に、きっと眞木さんが内臓されてるんだ。
そう感じられれば、きっと胸張っていけますよね。
さてさて、「コトバネタ」も書かなければ。
この前、わが塾のあとの飲みで、ある女子が、
「あの人、なんていうんだっけ? 渋くて濃い顔の俳優、
ええと、マサカリ・・・マサカリクサオ!」と、のたまいました。
これ、そーとー、おもしれーや。
「シガスカオ」をはじめとして、過去にもウチで、
「キイナシッペイ」(「疾病)」は、やだねえ)など、いろいろ名作はありますが、
この「マサカリ」は、瞬時にしてそれらを飛び越えてしまった!
こういうのってね、狙ってもダメなんです。
「言いマツガイ」全般が、きっとそうなんでしょう。
なので、折にふれて、「出た〜」って時に記述していかないといけない。
とううことで、ぼくはいつも、みんなの発言に、網張ってますよ。
(そういう本人が、いちばんやらかすかも、知れないけど)
総選挙、でしたね。
そして政権交代、ですね。
しかしそれにしても、小選挙区制というのは、おそろしい。
ようするに、小泉郵政選挙と真逆のことが起こったわけで。
ひたすら、ダイナミックなものだなあ、と思いましたね。
ただ、この二大政党制というやつ、
3つめ以下の少数派を切り捨てるシステムでもあるわけで、
ぼくとしては、むしろそちらのほうに危惧をおぼえるのです。
ま、長いものには決して巻かれないぞ、が信条の、ぼくの個人的な感想ですが。
さて、その選挙報道のなかで、「コトバ」的に気になったことがありました。
それは何かというと・・・
今回に限らず政治家は、民主党でも自民党でも必ず、
「国民のみなさん」なる言い方をしますよね。
あれ、よくないと思うのですよ。
そもそも代議員というのは、まして国会議員は、
国民の代表、のはずですよね。
代表ということは、自らもその一員、ということですよね。
じゃあ、なんでそこに、敬語的な表現を使うのだろう?
ぼくは、おかしいと思いますよ。
たとえばどこかの社長が、朝の訓示かなにかで、
「社員のみなさん」と言ったとします。
ぼく的には、それはギリギリセーフ、に思えます。
なぜって、社長は社員ではないから。
経営者と構成員は、法的に違う立場にありますからね。
でも、政治家はそうじゃない。
権利も義務も、一般人といっしょのはずです。
「国民のみなさん」・・・そのコトバに、ぼくは慇懃無礼な彼らの特権意識を感じます。
敬語的表現を避けて、「国民」とふつうに言えばいいんじゃないか、って
ぼくは真摯に思うのですが。
どうでしょうかねえ、政治家のみなさん。
(この場合は、ぼくは政治家じゃないぞ、ということを暗にほのめかしています。
これが正しい使い方だと思うけどなあ・・・)
「スコップ・シャベル論争」ほどではないけれど、
東と西でなんとなく呼びかたが分かれているものとして、
こんなの思いつきました。
それは、「おにぎり」と「おむすび」。
どちらも、日常的によく使います。
辞書にも、まったく同じ解説が載っていたりします。
(まったく同じ、というのもどうかと思うけれど)
でも、ぼくの感じでは(あくまで主観なんだけれど)、
西は「おにぎり」で、東が「おむすび」なのではないか、と。
大阪には、「おにぎりせんべい」というロングセラー商品があります。
この影響力はかなり強い、と思われるんですよね。
辞書によれば、「握り飯」の女性語が「おむすび」、ということなので、
カタチとしては「おむすび」のほうが古い、ということなのでしょう。
でも、ぼく個人の感覚としては(東京人としては)、
「おむすび」のほうが、小さい頃から慣れ親しんでいた気がします。
「おむすびころりん」とか、「おむすび山」とかね。
そこでちょっと、ウチの娘(23歳)に聞いてみました。彼女いわく、
「おにぎり」は、コンビニなんかで売っている、海苔が巻いてある三角のやつで、
「おむすび」は、手作りの丸くて大きなやつ、なんだそうな。
そして「おむすび」のほうがおいしそう、とも言っていました。
うん、これはたぶん、東京人の一般的な感性なのではないかな、と思います。
ぼくも、だいたい同意します。
ただ、関西にはいわゆる「俵型」のものが多くあったりするように、
地域によって形状や具もちがってくる、と思うので、
単にコトバのレベルだけではなく、食文化全体に関わること、のようにも思えます。
なので、ここはもしかしたら、さまざまな意見があるのでしょう。
でもやっぱり、ぼくは「おむすび」派、だなあ。
俵のかたちの小さいものも、「おむすび」と呼ぶほうが僕的にはしっくりくるし、
なにより「裸んぼ大将」の大きな塩むすびが頭に浮かぶし、ね。
話が「食べ物」にいってしましました。
ここから、なかなか抜け出せなくなるんだよなあ。
なぜって、西と東でのコトバのちがい、のテーマのなかで、
検討してみたい食べ物ネタ、いっぱいあるんだもの。
たとえばね、「あられ」「おかき」「せんべい」とか、
「しるこ」と「ぜんざい」とかね・・・。
最近気づいた、
前回の「スコップとシャベル」にちょっと似ているネタを、もうひとつ。
ペプシNEXのCMで、トータス松本が、
「近所のセミがうるさい・・・」みたいなこと、言ってますよね。
そのバックで、ミンミンゼミが鳴いているのだけれど、
あれ、ぼくにはけっこうな違和感、なんです。
なぜかというと、トータスはとうぜん、関西弁でナレーションしているので、
彼のリアリティで言えば、あそこは「クマゼミ」でなくてはいけないんじゃないか、と。
クマゼミというやつは、ある夏の早朝、いっせいに鳴き始める。
いま朝の7時38分ですが、げんに外ではギャンギャン鳴いてます。
朝もはよから、ほんと、うるさいんです。
大阪に来て最初の夏、やつらの早朝大合唱で、起こされたことがあります。
ぼくはそれまで、クマゼミの経験が皆無だったので、
冗談ではなく、トラックのアイドリング音か、と思ったものですよ。
それ以来、ぼくの中では、大阪=クマゼミ、なんです。
もちろんエリアによっては、ほかのセミもいるんでしょうけど、
西区・北区をおもな活動範囲とするぼくには、クマゼミしか聞こえないのです。
東京だとあきらかに、ミンミンゼミとアブラゼミが優勢
。
(夏の終わりになると、ツクツクボウシも聞かれますが)
ですからあのCM、関西人の独白を使いながら、
東京の感覚で仕上げちゃった、ということになるのでしょうね。
もっとも、温暖化の影響か、
南方系のクマゼミが名古屋あたりまで進出しているらしいので、
東京のCMのSEがクマゼミになってしまうのも時間の問題、かもしれないけどね。
・・・ちょっとコトバから離れちゃったけど、
「東と西の違い」に関する話題、でした。
ウチのM嬢がちょっと前、こんなことを言ってました。
「湯がく、ってどんな意味で使います?」
ぼくは即座に、ほうれん草のおひたしが浮かび(ついでに鰹節としょうゆも)、
アタマの中でよだれを垂らしつつ、
「野菜なんかを、さっとゆでることじゃないの」と答えたのです。
ところが彼女の生息地域(堺市周辺)では、
「湯がく」とは、ぐつぐつとゆでることを指す、らしい。
これ、大きく言えば、東と西の違い、ですね。
同じコトバでも、意味や守備範囲が変わってくるものが、けっこうある。
たとえば、「炊く」。
東京の感覚でいうと、これは穀類限定(と辞書にも出ています)。
「ごはんを炊く」「赤飯を炊く」「おかゆを炊く」「麦飯を炊く」は使います。
でも、マメは「炊く」とは言わない。
小豆(あずき)は、ゆでる、あるいは煮るものなんです。
ということは穀類というより、イネ科限定なのでしょう、東京ではね。
ところが関西では、「炊く」の範囲はもっと広いですね。
マメも芋も、鍋までも「炊く」で表しています。
そういえば、これもすこし前、auの広告で(嵐が登場したての、「auの庭で。」ですね)、
「土を掘り起こす小型の道具」のビジュアルで、
横のコピーに「しゃべる」がどうした、というのがあって、
それを見たM嬢が、「これ、シャベルじゃなくて、関西ではスコップ!」と叫んでいましたっけ。
はて、どっちがどっちだったっけ?
ぼくの感覚では、大きいのがスコップ、小さいのがシャベル・・・
うん、定かではないけど、そんな気がします。
ところが関西では、それがどうも逆になるらしい。
そんな・・・なんで逆なんだろう。
エスカレーターの左右みたいな、東と西で逆な例、
探せばまだまだあるのかも知れませんね。
というか、このブログに「地域差」を持ちこんだら、
よけいに収拾がつかなくなってしまうかなあ・・・。